胸膜中皮腫について (③アスベストとは)
アスベストは鉱物由来の繊維です。鉱物でありながら糸や布に織ることが可能(紡織性)、燃えない(耐熱性)、酸やアルカリにも強く(耐薬品性)、電気を通さない(絶縁性)、湿気に強い(耐腐食性)、安価(経済性)等、万能性を有し「奇跡の鉱物」と呼ばれ、各種産業に欠かせない素材でしたが、ただひとつ致命的な欠陥がありました。一旦肺の奥まで人知れず吸入されると、排出されることなく肺や胸膜に留まり、10年以上の時間をかけ生命を蝕むこともある「静かなる時限爆弾」だったのです。
アスベストは単一の鉱物ではなく、6種類が知られていますが、主として使用されていたのはクリソタイル(白石綿)、アモサイト(茶石綿)、クロシドライト(青石綿)の3種です(図1参照)。
その中でクリソタイルが、最も多く長く使用されていましたが、2006年9月1日に、法令上原則新規使用禁止(例外あり)になり、2012年3月1日に完全新規使用禁止(例外なし)を規定した厚生労働省令が施行されました。しかし、これらはあくまでも新規使用の禁止であり、既存の建築物等に含まれるアスベストは、広く社会に残っていることを銘記しておいてください。
アスベスト関連疾患として認められている(石綿健康被害救済制度の対象となる)のは「中皮腫」「石綿による肺がん」「石綿肺」「びまん性胸膜肥厚」の4疾患です。「胸膜プラーク(限局性胸膜肥厚)」も石綿吸入が原因となる所見ですが、疾患ではありません(図2参照)。
「肺がん」と「石綿肺」は肺の疾患ですが、「中皮腫」と「びまん性胸膜肥厚」は胸膜の疾患です。また、「びまん性胸膜肥厚」は臓側胸膜(「②中皮腫とは」参照)から壁側胸膜に及びますが、「中皮腫」「胸膜プラーク」が生じるのは壁側胸膜です。
アスベスト繊維は臓側胸膜から胸膜腔に出て、壁側胸膜に突き刺さる(Kiviluoto説)のではなく、壁側胸膜のところどころに開いている小孔(リンパ性ストーマ)から侵入しそこに留まる(Hillerdal説)と考えられています(図3参照)。
各アスベスト関連疾患には、「アスベスト曝露量」と「疾患出現までの時間(潜伏期間)」の関係に特徴があります(図4参照)。「中皮腫」「胸膜プラーク」は比較的少量のアスベスト曝露でも発生しますが、「石綿による肺がん」「石綿肺」の発生には比較的多量のアスベスト曝露が必要です。また、「中皮腫」「石綿による肺がん」などの悪性疾患の出現には、30~40年の時間が必要となります。
最後に、日本の「アスベスト輸入量」と「中皮腫死亡者数」の変遷のグラフを示します(図5参照)。日本の高度経済成長期に増大したアスベスト需要のピークから40年遅れで、中皮腫死亡者数のピークが来るとすれば、それは2030年台になることが予想されます。それこそが、アスベストが「静かなる時限爆弾」と呼ばれる由縁なのです。次回は「中皮腫の診断」について記載します。
参考文献:職業性石綿ばく露と石綿関連疾患-基礎知識と労災補償- 森永 謙二 編(三信図書)
複十字病院 呼吸器内科
内山 隆司