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病院のブログ

胸膜中皮腫について (⑧非労働災害としての救済、訴訟の和解としての賠償)

胸膜中皮腫について (⑦労働災害としての補償)はこちら

 前回は「労災としての補償金」を中心に、その認定基準を説明しましたが、具体的な補償額は説明しませんでした。これは労災補償給付には

  1. 療養補償給付:療養の給付または療養の費用の支給
  2. 休業補償給付:休業4日目から休業1日につき給付基礎日額の60%支給(療養開始後1年半以内)
  3. 傷病補償年金:年金支給(療養開始後1年半経過しても非治癒の場合に障害の程度に応じて支給)
  4. 障害補償給付:年金または一時金支給(治癒後に障害が残った場合に障害の程度に応じて支給)
  5. 介護補償給付:介護費用支給
  6. 遺族補償給付及び葬祭料(葬祭給付):遺族に年金または一時金及び葬祭料の支給

があり、「療養内容」「傷病発生前の平均的賃金(給付基礎日額)」「休業期間」「障害の程度」「生存期間」「扶養していた遺族の数」等によりケースバイケースなので、一概には決まらないためです。予後の短い中皮腫や石綿による肺がんでも、総額1000万円前後になりえます。(詳細は下記サイトを参照)
労災保険に関するQ&A

 次は「非労災としての救済金」です。
 前回も述べたように、『「労災」でないならば、それは「公害」であろう』と当初は考えておりましたが、石綿による健康被害とその原因者との因果関係が特定できない(労災と異なり、どこで石綿を吸入したのか判らない)こと、すべての国民や事業者が石綿による恩恵を受けてきたことから、「公害」という言葉は使わぬ方がよいと考え「非労災」という言葉を使用しました。

 しかし、労災補償の対象とならずとも、石綿による健康被害を受けられた方やその遺族は現実に存在しており、それらの方々の迅速な救済を図ることを目的として、平成18年に「石綿による健康被害の救済に関する法律」が制定され、国からの交付金、地方公共団体からの拠出金、労働保険料を納付している事業主からの拠出金、石綿との関係が深い事業主からの拠出金等により「石綿健康被害救済基金」が創設され、この救済金の給付に必要な費用を賄うこととなりました。

 この救済金の主旨は、民事上の責任とは切り離して、社会全体の費用負担により、健康被害者等の救済を図るものであり、勢いその給付は「見舞金的性格」に留まらざるを得ません。具体的な救済給付の内容は以下のとおりです。労災補償給付金とは桁が違います。

  1. 医療費:指定疾病に関する医療費の自己負担分
  2. 療養手当:103,870円/月 治療に伴う医療費以外の費用負担に対する給付
  3. 葬祭料:199,000円 指定疾病が原因で亡くなった認定患者の葬祭費用負担に対する給付
  4. 救済給付調整金:被認定者が指定疾病で亡くなるまでに給付を受けた医療費と療養手当の合計が、特別遺族弔慰金の額に満たない場合に、被認定者の遺族に支給される給付
  5. 特別遺族弔慰金:2,800,000円 指定疾病が原因で亡くなった方の遺族に対する給付
  6. 特別葬祭料:199,000円 指定疾病が原因で亡くなった方の葬祭に伴う費用負担に対する給付

 最後は「訴訟の和解としての賠償金」です。
 平成17年の「クボタ騒動(ショック)」以後、アスベストの有害性が広く知られるようになり、いくつかの損害賠償請求訴訟が提訴されましたが、現在の和解制度の基礎となったのが「泉南アスベスト国家賠償請求訴訟」の最高裁判決(平成26年10月9日)です。
 これはアスベストによる健康被害に関する国の責任を認めた最高裁判決ですが、アスベストの製造および使用の規制が遅れた国の責任を認めた判決ではありません。

 アスベストの危険性が認識されていたにもかかわらず、労働者の健康被害が起こらぬように、労働基準法および労働安全衛生法に基づく規制権限を行使しなかった(不作為があった)、具体的には「工場内の局所排気装置の設置義務付け」「工場内での防塵マスクの着用義務付け」等を「制度化しなかった」ことを違法と認め、国家の違法による健康被害なのだから国家賠償法に基づいて、国家の賠償責任を認めた判決なのです。(この判決は「工場労働者」が対象です。「建設現場労働者」は対象ではありません)。

 そして、当時の医学的知見や技術水準をもとに、その不作為があった期間を昭和33年5月26日からとし、規制が制度化された昭和46年4月28日までと認定したのです。時あたかも高度経済成長期、アスベストなしでは、経済の発展もなかったことでしょう。
 具体的な賠償内容や賠償請求手続き(国に対して訴訟を起こす必要があります)は以下のサイトを参照の上、「該当するかも」と思ったら弁護士とご相談ください。
賠償内容や賠償請求手続きについて

 アメリカ合衆国海軍空母「ミッドウェイ」の改修作業が日本人に押し付けられた話から始めた中皮腫に関する8回の連載でしたが、最後は同「キティホーク」の話題で終わりにします。
 「2009年に退役した米空母のキティホークが昨年、スクラップ会社に1セント(約1円)で売却された。(中略)アスベストが積極的に利用されていた時代に建造されたものであり、船体にはほかにも毒性の強い化学物質が用いられている。(中略)(2022年)1月19日になってテキサス州の民間の解体工場へ向け、最後の航海に出航した。」
ニュース記事詳細

 改修と異なり解体は密閉空間での細かな作業は不要で、アスベスト飛散はあっても吸入は制御できるのでしょう。いずれにせよ作業員の安全は確保して欲しいものです。

複十字病院 呼吸器内科
内山 隆司

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