歯の酸蝕症
本記事は、当院の広報紙『あかれんが』に掲載していた「ミニ講座」と同じ内容になっております。既にお読みいただいた方も復習としてぜひご覧ください。
前々回記事 「歯の自浄域と不潔域」 はこちら
前回記事 「歯の臨界pH(ペーハー)」 はこちら
近年、虫歯や歯周病に続く第三の歯の疾患として酸蝕症(さんしょくしょう)が注目を集めています。酸蝕症という名前を聞いたことがある人は少ないかもしれませんが、コーラに歯をずっと漬けておくと歯が溶けてしまうという話は聞いたことがあると思います。酸蝕症とは、飲食物によって口の中の歯の表面がそのように溶けてしまう(脱灰という)疾患です。前回、歯の臨界pH(歯の表面が脱灰し始めるpHで5.5~5.7程度)の事を記しましたが、飲食物にはpH5.5以下のものが多いので注意が必要です。
ところで、虫歯と酸蝕症の違いはなんでしょうか?両方とも歯が酸によって侵される疾患という点では同じですが、虫歯は歯に付いている細菌が食べ物を代謝した時、細菌が酸を出して歯を侵して出来るものです。よって基本的には虫歯は、前々回記した歯の不潔域(細菌のたまりやすい所)にできます。対して酸蝕症は、飲食物そのものに含まれている酸が直接歯を侵しますので、酸性飲食物が触れた部分はどこでも酸蝕されるリスクがあります。酸蝕症の症状は、虫歯と同じように冷たいものがしみたり、エナメル質が溶けるので前歯の先端が薄くなったり欠けたりします。
以前は、メッキ工場やガラス工場などで働く人が酸性ガスを吸ってしまって酸蝕症になったと聞いております(現在では作業環境の改善によって減少)。また、逆流性食道炎などで、胃液(強酸)が歯を侵す酸蝕症もあります。そして最近問題となっているのが、飲料による酸蝕症です。それは皮肉なことに皆さんの健康志向の高まりと共に増えてきました。下に主な飲食物のpHを表します。
健康飲料として、黒酢がブームになっています。お酢のpHは3.1です。また、熱中症予防対策のために、スポーツ時にはスポーツ飲料をこまめに取りましょうと言われています。スポーツ飲料のpHは3.5です。熱中症予防のためにはもちろん必要なことなのですが、酸蝕症予防のためには、次のようにしてみて下さい。
- 黒酢やスポーツ飲料などpHの低い飲み物を飲んだ時には、可能ならばそのあと水かお茶など中性に近い飲み物を飲んで酸を洗い流す。
- 中性に近い飲み物が手元にない時には、酸性の強い飲み物を出来るだけ歯に当てないように飲む。
- 歯に当たってしまった場合には、早めにベロで触って唾液によって歯の表面を中和させる。
- 酸性の強い飲み物を飲んだ直後には歯磨きをしない。歯の表面が削れる恐れがあります。虫歯予防のために食後に歯磨きするのとはケースが違います。
なお、食品にも酸性の強いものがありますが、食品の場合には噛むという動作によって唾液が出るため、飲料ほどには問題にならないようです。(もっともレモンの丸かじりというようなことはあまりお勧めしませんが。)
歯科医師の立場としては、飲み物の栄養成分表示のところにpHの値を表示して欲しいくらいですが、酸性の強い飲み物では売り上げに影響を与えるので難しいでしょうか。
皆さんの中には、こんなに毎日歯磨きしているのにどうして歯がしみるんだろう、しかも虫歯っぽい穴もないのに、と思っていらっしゃる方もいると思います。そういう方は酸蝕症の事も少し気にかけた方がいいと思います。
歯科 石黒 和夫